Darkest Hour
『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』という変な邦題がついて公開されたこの映画は、もとの題名は『Darkest Hour』とかっこいいんです。
洋画にダサい邦題をつけたがるのは業界にも言い分はあるそうですが、それにしてもヒトラーに攻勢をかけられて崖っぷちのチャーチルという内容に、この副題は詐欺過ぎません?
同じ2017年に作られたノーマン監督の『ダンケルク』が公開されたとき前知識のないまま見に行きましたが、時間軸が違う3つの場面が最後にダンケルクで一致するところが面白かったと同時になーんか小手先に走ってるなぁという感想をもった程度でした。
たぶん『ウィンストン・チャーチル』を見なければそれで終わりだったでしょうが、『ウィンストン・チャーチル』をあとから見たことで『ダンケルク』で英国が置かれていた状況を補完し、さらに少し遡って『英国王のスピーチ』で時代背景を知る、というふうに物語が繋がっていったことにより、その先へと興味の幅が広がっていくきっかけになりました。
この映画が題材にした当時のイギリスとドイツの戦況を要約すると…
1939年9月に対ドイツへの宣戦布告はしたものの、大規模な戦闘はなく小康状態に。
1940年4月にドイツがノルウェーに攻め込み、国王ホーコン7世がロンドンへ亡命。
1940年5月10日に突如ドイツの大軍がフランスへ向けて電撃作戦を開始し、3つに分かれた軍のうちA軍がオランダ、ベルギー、ルクセンブルグに侵攻。
イギリス・フランス連合軍が北からのA軍に対応している間に、ドイツのB軍はその南のベルギー国境にあるアルデンヌの森を5月13日に突破し、フランスへ侵入。
ドイツ軍に分断されたイギリス・フランス連合軍は5月16日には後退し始め、反撃できないままダンケルクの海岸へと退却していきます。
5月10日にチャーチルが首相に就任するのですが、こんな危機的状況の真っただ中だったとは映画を見るまで全く知りませんでした。
ジョージ6世がチャーチルからフランスでの戦況の悪化を伝えられたのが5月20日ころで、23日くらいには絶望的な状況であることも知ります。
ジョージ6世とチャーチルは、共に第二次世界大戦中の英国を支えた国王と首相として知られていますが、1940年5月にチャーチルが首相になったあとも王室は心情的にはチェンバレン寄りでした。
それでも国王は9月から週1回の会見を通じて、戦時内閣の首相としての力を知り信頼するようになっていきます。
要するにチャーチルを支持するようになったのは、ダンケルク撤退の時点でなく1940年秋くらいということになりますか。
歴史ドラマは史実どおりにすると今ひとつ盛り上がりに欠けるだけでなく、映画は作る側の表現方法の一種なので、その意図に沿った演出になったということでしょう。
『ウィンストン・チャーチル』におけるジョージ6世は、実在の人物というよりチャーチルを叱咤し激励するための役割を担うために出てきたと考えると、これって君主の権利のうちの”the right to warn”と”the right to encourage”じゃないですか。
個人のブログのレビューに国王はチャーチルを俯瞰できる存在というのがあり、すごく納得です。
ころころ入れ替わる首相に対し、ずっと変わらないでいる君主は権力闘争や政治の駆け引きを越えた存在というイギリスの立憲君主制を表しているこの映画は、まさしくイギリス人が作ったものと言えると思います。
そして神と契約している国王だからこそ光の中に佇んでいるわけで。
映画の終盤に登場する地下鉄の市民も実在した彼らというより、迷えるチャーチルを導く 存在なんですね。
ここで、ベン・メンデルソーン演じる国王陛下がキラキラと登場する場面について、主観による見どころを紹介します。
1.チャーチルを首相に任命する場面。
チャーチルに対する不満をチェンバレンに愚痴るシーンから始まり、その心中を表すように、ため息をつきつつ出迎えます。
意気込んで国王の部屋へと向かうチャーチルですが、以前にも書いたように、近づいていくこのショットは光と影が交互に差し込み美しい~(*ノωノ)
そのあとの二人の間に流れる微妙な空気が可笑しく、週1回の会談をチャーチルのペースで決められていき押されっぱなしの国王陛下が可愛い♡。
あまり吃音を強調せず、口ごもることでチャーチルを苦手としていることを分からせるメンデルソーンの演技が好きです。
映画では会談は月曜日を約束してますが、伝記では火曜日という記述になっていてどっちなの?
おまけに昼食シーンはでかでかと5月26日と表示されていましたが、調べてみると日曜日なんですよ。
実際はシャイなバーティはチャーチルのような人物とどう会話していいか困り、ごまかすため以下のような会見となったようです。
国王はとても丁重に私を迎えると、座るよう促した。しばらく探るように、からかうような目で私を見つめてから、こうおっしゃった。「なぜ私があなたを呼んだのか、たぶんおわかりにならないでしょうね」私も調子を合わせてこう答えた。「ええ、陛下。見当もつきません」国王は笑い、そして「あなたに組閣をお願いしたい」といった。確かにお受けしますと私も答えた。
アンソニー・マクカーテン著『ウィンストン・チャーチル』から
ジョージ6世とハリファックス卿が二人きりで話をしている場所は教会なので、ここはキラキラしていません。
なぜ教会なのかというと、同じくマクカーテン著の原作本の中でハリファックスについて
頭のなかにあるのはキツネ狩りと教会、そして政治だった。
という文章があります。
この本で知ったことですがハリファックス卿は左手が義手で、映画では目立たないですが注意して見ると左手は動かしていません。
キツネ狩りが趣味ということは、不自由な手にもかかわらず乗馬は得意だったのですね。
監督コメンタリーにもあるように、国王はハリファックスと親しくチェンバレンの後釜として彼を推していたほどです。
そうした親しい仲であることを示すため、この場面でハリファックスは国王に対し”バーティ”呼びをしています。
ただ、この場面でチャーチル下ろしを言うハリファックスに対し、首相のようだな、というセリフには多少皮肉が混ざっているような気もします。
3.チャーチルの首相就任後初のラジオ演説を聞く
4.ラジオ演説の内容を批判する
この二つの場面は日付の矛盾がぁぁ~。
国王も宮殿内の自室でラジオから流れるチャーチルの演説を聞きますが、傍らの新聞の日付は5月19日。
次のシーンでタイピストたちが見ていたチャーチルの逆さVサインの写真が載った新聞の日付は5月25日(土)。
にもかかわらず、このあと国王からラジオ演説の内容を批判する電話が入るので5月20日であることが分かります。
Vサイン新聞の日付を写さなければ、ごまかせたのにと思うのですが。
陛下が宮殿の執務机に座って電話をかけているときに見える妻と娘の写真は、実物を使ってありました。
4.宮殿でのチャーチルとの会食
ジョージ6世とチャーチルの週1回の面会は9月からなのを5月26日の出来事に前倒ししていますが、事実どおりにすると宮殿内でのお食事シーンがなくなってしまうので改変大歓迎。
ここも光の中にいる国王陛下がまぶしすぎ°˖✧ ✨ ✧˖°
ほんとに青いスーツがメンデルソーンの青い目によく似合っています。
父親に対するチャーチルの愚痴を聞き、実の父に対して距離感があったという共通点を見出して初めて微笑むところも、とても素敵♡
『英国王の~』といいコーギー犬を用意してあるところはお約束です。
この場面のコメンタリー字幕に、チャーチルの母は艶聞が多くてジョージ6世の父もそのひとりだったとあり、えっ???
チャーチルとジョージ6世はけっこう年が離れてるのでおかしい誤訳では、と思ったら英語でもGeorge's fatherと言ってました。
wikiを見たら数々の女性と浮名を流した祖父のエドワード7世は関係があったようで、それなら納得。
誰も監督に間違いを指摘しなかったのでしょうか。
ジョージはジョージでも5世のほう…ちょっと苦しい言い訳です。
5.バッキンガム宮殿から夜のロンドンを見下ろす国王と侍従
次に登場したときにチャーチル支持派に転向しているので、ここで国王の心情の変化を少しは描写しないと唐突になるため入れたシーンのような気がします。
伝記を読んでいるとbloody~という表現がよく出てきて、はじめは”?”となりましたがイギリス英語のスラングで強調するときの表現で、この場面でbloody angryというセリフをきいて実際に使うんだーとちょっと感心しました。
6.チャーチルをアポなしで訪ねる
徹底抗戦に対して閣僚からの支持もなく孤立する中、イタリアを通じてドイツと交渉をする方向に傾きつつある弱気のチャーチルに、you have my support と支持を伝えるために国王がダウニング街を訪れます。
控えめに激励する姿がシャイで誠実なバーティらしいです。
ここではヘンリープールの素敵なスーツ姿の全身が見られます。
ネット上にあったスクリプトのPDFでもト書きに、ヨーロッパ中で最も品があるとか礼儀正しいとか、非の打ちどころのないスーツを着ているとか書いてあります。(よれよれのチャーチルとの対比のためですが)
国王が首相公邸をひょいっと訪れることが出来るかどうかですが、直線にして1kmくらいなので夜中に行けなくもないかも。
町に気軽に出かけるプリンス・オブ・ウェールズを見て、皇太子時代の昭和天皇が羨ましく思ったというエピソードもあるように、英王室は日本よりずっと自由のようですし。
7.チャーチルの有名な演説(ネバーサレンダー)をラジオで聴く
あの演説は実際はラジオで流されておらず後日録音されたそうですが、それでは盛り上がらないので『ダンケルク』でも放送されたふうになってました。
このシーンの国王のカットは監督コメンタリーによると首相任命の場面として撮影したものだそうですが、あったほうが画面に変化がでると思います。
トリビアですが、チャーチル夫人クレメンタインを撮影している写真家はセシル・ビートンです。
葉巻を片手に執務室に座るチャーチルの写真は彼の撮影によるもので、『マイフェアレディ』のあの縞々のヘップバーンの衣装をデザインしアカデミー賞を取ったことでも有名な写真家です。
以上、主役のチャーチルとその秘書にはまったく注目しないという『Darkest Hour』の一人語りでした。
上で紹介している脚本家が書いた本ですが、 映画の原作本となっていてもノベライゼーションではないです。
映画はフィクションが入ってますが、こちらはノンフィクション。
国王の登場場面は1か所のみだったので、かなりがっかり。